問題の解答

 

 <「問題化した思春期」、親の見立ては?>の解答

問題化した思春期、例えば、中学3年生の不登校の場合、子が正常であれば、親の「見立て」には3つの可能性があります。
①親に「軽度」知的能力障害がある、
②親が「成人学童期」、
③親が成人期(被虐待者=「異邦人」も含みます)の
3つです。
以前、高橋がある保健所で「長期化した引きこもりの相談」を受けていたことがありました。その時の親の見立てを分けると上の3つで約99%が当てはまりました。一番多いのは①でした。②は理解が難しい「見立て」ですが上級コースで学びます。③は子を心配するごく普通の親です。
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 <HCMでのMRの定義は何を基準にしているか?>の解答

「軽度」知的能力障害が不適応として問題になるのは、 「社会的領域での知的機能と適応機能に欠陥」があるからです。これは社会のルール、規則、対人相互関係・社会関係の理解が十分にできないという欠陥で、他の同年代の理解と比較して明らかに未熟な段階でとどまっています。これらの欠陥は「他者の思考、感情、及び体験を認識すること」(DSM-5)ができないという知的能力の欠陥に起因しています。当セミナーで定義している倫理規範に関して述べると、倫理規範の理解が浅く、未熟だということです。
社会的領域の理解は、①概念的領域の機能や ③実用的領域の機能よりも複雑で、高い知能を要します。したがって、軽度知的能力障害(含:境界知能)では、①概念的領域と③実用的領域では、問題がなさそうに見えるのに、②社会的領域ではトラブルを起こしていることがあります。
現場、臨床での不適応を重視して「見立て」を分類しているHCMセミナーでは、社会的領域の欠陥という視点で「軽度」知的能力障害を見立てています。すると、境界知能や学習障害(LD)と注意欠陥多動性障害(ADHD) の一部の人も、軽度知的能力障害〜境界知能と同じような社会的な不適応を示すのでここに含めているのです。

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 <「反応性愛着障害」の子が大人になると?>の解答
「反応性愛着障害」は、痛くても我慢する、助けてもらっても喜ばないという子、あるいは一人で我慢して大人に助けを求めない子です。また「脱抑制型対人交流障害」は、大人に過剰に寄り添って機嫌をとりますが、その内面は孤独で寂しい子です。これらは虐待という異常な環境で生きるために身につけた苦しい適応様式です。
彼らが大人になって仕事をし始めると、頼まれた仕事を断れず、無理な仕事であっても「自分が頑張ればいい」と引き受けます。決して愚痴をこぼしません。また、仕事に過剰に没入して完璧な結果を出そうとします。その結果、疲れきってうつ病を繰り返したり、不安が吹きだしてパニック障害になったりします。大人の被虐待者の苦しい生き方です。

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 <自閉症スペクトラム障害、母親はどう感じている?>の解答

日常生活の中の些細なできごとで、「普通の子」とは“明らかに異なる”、“ASDに特徴的な”言動を見つけ出し、それを母親と共有できると確定診断となります。つまり、母親が「そうなんです、そこが普通の男の子とは違うと思うんです」と言える事実を見つけることです。

(1)「お母さん、中学2年生の男の子だと食欲旺盛でしょう。息子さんの好きな食べ物は何ですか?」
ASDの人は食べることにあまり興味を示しません。食べる喜びをもっていないようです。例えば、極端な場合、毎日、白米だけを食べていて、他の食べ物に興味を示さない子がいます。そこまで行かなくても、普通の中2の男の子のように、大好きな物をもりもり食べたり、「今日はこれ食べたいよ」と注文したり、味が違えば「これ美味しくないね」とかは言いません。出された物をただただ機会的に食べているようです。
母親は、「そうなんですよ。長男はあれ食べたい、これが美味しいとか言うので好みが分かりますが、次男はそういうことをあまり言いません。不思議に思っていました」と述べた。

(2)「幼稚園の頃、息子さんはお母さんに甘えてきましたか?甘えるというのは、べたべたくっついてきたり、自分の興味があることにお母さんを引っ張っていくようなこととか、です。お兄ちゃんと比べてどうでしょう?」
きょうだいがいる場合、比較して違いを聞くことはともて有効です。母親はきょうだいの甘え方の違いを(何度も何度も)体感して、それに違和感、疑問を感じてきたはずです。長男はいつもお母さんの顔色を見て、同時に、自分のほうも見てほしくて、コミュニケーションを求めてきます。体をくっつけて甘えてきます。何か面白い事があれば、お母さんに分かって欲しくてそっちに引っ張っていきます。一方、次男は、いつもマイペースです。母親が横にいても、いなくても行動は変わりません。興味あることを見つけても、一人でそこに入っていきます。
母親:「そうなんです。長男はいつも私にまとわりついて、私のことを見ていたけど、次男は、いつも一人遊び、私のほうを見ていなかった……思えば、小さい頃からまったく違っていました」

(3)「お母さん、息子さんと外で偶然に出会ったとき、彼はどんな反応を見せますか?」
家族が街中や、最寄りの利用駅で偶然に出会ったとき、普通の家族が見せる反応と、ASDの人が見せる反応は違っています。
母親:「そうですね。次男は私の顔を見てもまったく気づかない感じなんです。あきらかに私を見ている距離ですが、よそよそしいというか、知らんふりのように見えます。私が声をかけると他人のように軽く会釈をして通り過ぎていきます」
家族同士という親しみがない、「まるで他人のよう」というのは比喩ではなく、他人なんでしょうね。

以上、3つの質問をあげてみました。みなさんも臨床の場面で工夫をして質問してみて下さい。

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<認知症と「軽度」知的能力障害の鑑別はどうしたらできるか?>の解答
若い頃の話を聞くと鑑別ができます。子育ての苦労、亡くなった旦那さんの仕事の内容、あるいは本人が仕事をしていたことがあるなら、その頃の苦労話などを聞きます。もともとは正常だった(成人期だった)人であれば、これらの質問に成人期のレベルからきちんと答えられます。認知症が発症しても、古い記憶(長期記憶)は正確に残っているからです。
一方、もともとMRがあった場合は、質問に十分に答えられません。当時の理解も低かったし、記憶も組織化されていないのであまり残らないからです。

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